読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

教育ICTデザイナー  田中康平のブログ

教育ICT環境デザイン、ICT支援員、幼児教育とICT、など

公開授業の参観から想いを巡らせる

タブレット端末や電子黒板など、ICTは道具・ツールにすぎない」

10月~12月上旬、

各地の研究指定校や実証研究校の多くが公開授業を実施しています。

私も、毎年幾つかの公開授業を参観しに出かけます。

職業柄、その殆どはICTを利活用した授業を中心に観ることになります。

研究主題には、各学校が取り組んできた研究対象の教科やテーマが書かれているのですが、

副題に

「〜ICTの利活用を通して育む※※〜」

といったものを目にします。(主題に組み入れられていることもありますが)

そして、全大会などで耳にするのは

タブレット端末や電子黒板など、ICTは道具・ツールにすぎない」

というフレーズです。

しかし、道具やツールの利活用が、研究の主題と言わなくても副題に添えられることは、

ICT以外にあったでしょうか?

例えば

「最新の調理器具の利活用を通した次世代の調理法と食育

「デジタル顕微鏡の利活用を通して育む実験と新たな観察力」

など、、、

よく耳にする

タブレット端末や電子黒板など、ICTは道具・ツールにすぎない」

というフレーズは、

「道具に左右されずに授業の本質を高めるための利活用に目を向ける」

というような意味合いで語られているのだと思います。

その視点は至極真っ当な、決して外してはならない本筋でしょう。

実際の公開授業でも、ICT活用を披露する面はある程度含みつつ、

やはり授業の内容や学習目標の到達が最も大切なテーマとして扱われていることが見てとれます。

現在の教育課程における教科書を用いた指導を、

「より良いものにしよう」

と日々研究研鑽に励まれている先生や学校の取り組みが、そこかしこに滲みてている場面を目にします。

そこでは、ICT云々を超越した、とても純粋な想いが伝わってきます。

 

「一つの道具やツール以上の可能性」

反面、「一つの道具・ツール」を強調するということは

「一つの道具・ツールに過ぎない範囲にその機能を制限して利活用する」

という意識の表れではないかと捉えることもできるのではないでしょうか。

他の道具やツールと違い、その利活用が研究の副題に添えられるということは、

研究の新規性や先導的存在であることを伝える意味合いも含まれているはずです。

そのような取り組みの中にモヤモヤと内在しているのは、

「一つの道具やツール以上の可能性」

ではないでしょうか?

21世紀型能力など、

「次世代を生きる子どもたちに身に付けせたいチカラの育成につながるのではないか?」

といった面への期待感だと思います。

21世紀型能力の育成について、大枠の言葉で語られることが多いのですが、その育成や評価方法について具体化して提示している例を目にする機会は多くはありません。

先日参観した、京都教育大学附属桃山小学校の「メディア・コミュニケーション科」(※文部科学省の研究開発指定を受け開発された新教科)など、学校全体で学年に応じた指導法や評価規準を研究し、カリキュラムを開発した学校では、

「一つの道具やツール以上の可能性」を取り入れ、21世紀の情報社会を生き抜くチカラを育むための「子どもたちのチカラの増幅装置」のとしての活用を見ることができました。

増幅装置の機能として主に活用されているのは、情報発信、情報の伝達に関する部分。

情報を掴む・読みとる・判断する・表現する・伝達する・広く発信する

といった部分にフォーカスされている=「メディア・コミュニケーション科」なのだと解釈しています。

これが、どの学校でも一様に実践できるかというと、それなりの課題があり、簡単にいかないと思います。

教科として、「ICTが持つ、一つの道具やツール以上の可能性」を含めて取り組む場合のモデルとして学ぶ部分は大きいでしょう。

 

「生活の中にある道具・ツールを活用する」

子どもたちの生活には、様々なテクノロジーがあふれています。

生まれた時から身の回りに存在するデジタルデバイスなどを、

「当たり前の存在」

として当たり前に活用しています。

それが、学校に来ると、当たり前に活用できないことの方が多い。

生活の中にある道具・ツールを活用するメリットは大きく、その点に異論をお持ちの方は少ないと思いますが、学校内の「ICT環境」に限って考えると、なかなか実現しません。

そこには、

「当たり前に活用出来る環境にない」

といった環境デザイン的側面の課題が横たわります。

この辺りの課題解決は早急に考えなければならないでしょう。

子どもたちに

「課題発見・問題解決型」をチカラを求めるのならば、

周囲の大人が率先して実践しなければと、考えずにはいられません。

 

そして、その先に共有したいのは

・テクノロジーを享受し、消費するだけの存在として止まるのか?

・テクノロジーを活用し、新しい何かを創造する側に立つのか?

という視点です。

後者を選択するならば、

「テクノロジーを活用し、新しい何かを創造する側」

に求められるものが「何」であるか?を考え、

子どもたちに「具体的に提供する」方法を用意しなければと考えます。

その一つが「プログラミング教育」であったり

「ハードウェア知識」「ネットワーク知識」を教える事かもしれません。

これらを国内の公教育の現場に取り入れることの難しさは、しっかり考慮して進めなければなりません。

思いつきで取り組めるほどの余裕と弾力性は、今の学校現場には非常に少ない。

制度的、構造的な問題が解決されるには、おそらく相当の時間が必要となるでしょう。

しかし、これを待っている間に、年月は進んでいき、社会も変化していきます。

私に出来ることは、

テクノロジーを活用し、新しい何かを創造するチカラ」

を、子どもたちが身につけらる場所や機会を

私の立場で提供することです。

弊社の2期目にあたり、最も注力する部分です。

公開授業の参観から想いを巡らせた内容を、記しておきます。